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院長紹介Profile

一本の歯への強いこだわり

院長紹介この度は、ホームページをご覧頂きありがとうございます。
はやし歯科クリニック 院長の林順二と申します。
当院は平成25年春に、福山市の横尾町に歯科医院を開院させて頂きました。

私は生まれも福山市で、この横尾町は実家も近く開業するならこの生まれ育った地域で開業したいとずっと決めていました。
私が目指す歯科医院は、従来の歯医者さんと言えば、
「痛い」
「怖い」
「匂いやキーンとする音が嫌だ」
「先生が怖い、スタッフさんが冷たい」
「説明がない」
「衛生面が不安」
イメージを列挙すればきりがありませんが、そんな従来のイメージを払拭したい。
ただ、それは目指すというよりも当たり前に追求して行きたいと思っています。

目指す理想の歯科医院とは

私が目指す歯科医院は、患者様に歯に関心、興味を持ってもらうこと。
患者様が一本の歯を大事にしたいって思ってもらえること。
私たちが患者様の一本の歯を大事にすること。
できる限り歯を削らず歯を残す、少しでも延命させることに努めること。
あらゆる歯の悩みに応じることができる知識力を求め続けること。
小さなお子様から大人までの歯並びの矯正、
そしてインプラント治療や再生療法。
マイクロ顕微鏡を使用した精密な治療などを一つの歯科医院で提供できる技術力を常に求め続けること。
そして歯科衛生士を中心とした歯周病治療をもっとも大事にし、歯を失う原因第一位である歯周病を患者様と共に改善していくこと。
そして何より、「予防歯科」を実践し、いつまでもご自分の歯でいられるようにしたい。
お子様からご高齢の方までファミリーで通える歯科医院。
そんな熱い気持ちを持ち日々患者様と向き合っています。

開院して地域の患者様はもちろんですが、福山市内であっても30分以上かけて通院して下さる方や、井原市や三原、尾道の方からも通院して下さる患者様もいらっしゃいます。
周りを見渡せば、歯科医院が数多く見つかるこの時代に、開院当初から多くの患者様に通院して頂けることは非常に嬉しく思っています。
「時間がかかってもいいので今回はしっかり治したいんです」
「歯医者には痛くならないと行かなかったので、気が付いたらお口の中は治療だらけ、
でももうこれ以上削りたくないです。」
「子供と一緒に予防歯科を始めたいんです」
「はやし歯科ならお口全体をしっかり診てくれるって聞きました」
友人や知人、家族など紹介で来て下さる患者様の言葉です。
少しづつではありますが、はやし歯科クリニックは痛いところだけ治して終わりではなくて、お口全体をきちんと治していく、そして予防していく歯医者さんだと認識されていることを少しではありますが実感しています。
数多くある歯医者さんの中でそれぞれのカラーがあると思いますが、
当院は時間や回数がかかってもお口全体をしっかり検査する。
十分な説明と丁寧な治療でできる限り歯が長持ちするような治療をしていきたいと思っています。
そして当院に通院して下さる患者様も大事ですが、開院当初から私と共にずっと一緒に頑張ってくれているスタッフ、そして後輩たち、過保護のようですが、みんな素直で優しいスタッフばかりで、とってもみんな仲が良いんです。
患者様のために一生懸命努力し自己研鑽を惜しみません。
そんなスタッフのみんなと仕事ができることに感謝し、これからも院長の私自身、
患者様のために、スタッフのために一番努力し続けたいと思います。
そんなはやし歯科クリニックを今後とも宜しくお願い致します。

院長プロフィール

院長略歴

福山市出身

金光学園高等学校 卒業

日本歯科大学 卒業

神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニック

千葉大学医学部附属病院 歯科・顎・口腔外科

山田歯科医院

はやし歯科クリニック開業

子供時代のこと

元気いっぱいに生まれました。私は良く「先生は本当に気兼ねなく話を出来るし、話しやすいですよね」とよく言われます。 自分自身では実感のない事ですが、思い返してみると私は生まれて間もない頃から、祖父にベビーカーに乗せられ自宅の近くを毎日のように 散歩していたみたいです。
その時から散歩する度に近所のおじさんやおばさん、色々な人に声をかけられては楽しそうにおしゃべりをしていたみたいで、 そういうのも影響しているのかなぁと思います。

歯科医師となった今、小さいお子様から御年配の方まで来院された皆様が少しでも話しやすいな、 相談しやすいなって思って頂けると嬉しいです。

上手に滑ります。徒競走はいつも1番でした。画像小さい頃は外で遊ぶのが大好きな子供でした。
記憶にあるのは幼稚園の頃はとにかく川遊び、魚釣りが大好きでした。
小学生になると3年生の時にサッカー部に入り毎日練習、 休日は試合に明け暮れていました。試合には勝つ事ばかりではなく、負けた時は誰よりも一番に泣いていました。本当良く泣いてたなぁ…(笑)
悔しくて、悔しくて誰よりも練習をしたつもりでした。

その中で努力すれば報われる事、チームプレーの大切さ、先輩、後輩、同期との接し方、 集団で行動する事から沢山の事を学び、みんなで目標に向かって努力することを学びました。
歯科医療もチーム医療です。
院長の私だけでなく、それを支えてくれるスタッフの協力、みんなが一つになり来院される患者さんにより良い歯科医療を提供出来れば良いなと思っています。
習い事も沢山していました。その中でもピアノのレッスンが嫌で仕方なかったのを覚えています。ピアノの練習よりサッカー!! ピアノの先生が自宅に来るのですが、嫌な僕はサッカーの練習からわざと帰らないようにしていました、 母親とピアノの先生が小学校のグラウンドまで迎えに来るので渋々帰宅していた気がします(笑)
今思えば、ピアノももっとサッカーみたいに練習していれば良かったなと思います。

この頃はサッカー、一色でした。私の父は歯科技工士をしており当時仕事も大変忙しく、毎日睡眠時間は2、3時間、日によっては私が小学校に通学する時間に帰って来て、1時間ぐらい寝てまた仕事、なんて事はよくありました。そんな父は疲れもあるのに、日曜日の休みの日には朝早く起きて必ずどこかに遊びに連れて行ってくれました。魚釣りや、バイクで四国を1周しに行ったり、スキー、キャンプ、旅行…色々な事を経験させてくれました。
子供の頃、父に良く言われた言葉がいくつかあります。
「人の悪口を言ってはいけない」
「何事も絶対はないから最後まで諦めてはいけない」
「人が2倍やるなら、3倍5倍努力しなさい」
「素直が一番」
特にこの4つのセリフは本当良く言われました。今でも良く覚えています。
父の仕事に向かう姿勢、家族を大事にする姿をみて育った私は父が一番尊敬する人です。
私も父のように謙虚に、努力を惜しまず、家族を大切にする人になりたいと思います。
そんな父を支えているのは、やさしく主婦完璧な母です。そんな母も尊敬する一人です。
私には11歳離れた姉と8歳離れた兄がいます。
子供の頃から本当に可愛がってもらいました。そんな家族に早く恩返しがしたい。
そしてまわりの人達に貢献出来る職業に就ければ良いなぁと子供の頃は良く考えていました。

思春期のこと

中学時代は小学校の延長でサッカー部に所属していました。
当時の記憶で一番残っているのが、人生で初めてレギュラーを外された事です。本当に衝撃的でした。
自分で言うのもはずかしいですが、小学3年生から始めたサッカーは、それなりにまわりからも評価してもらっていて福山選抜、 広島選抜にも選ばれ成績は良かったのです。
ただ中学時代には少し天狗になったところもあり、朝練をさぼったりしたこともありました。監督はそれをちゃんと見ていました。
実力はあったかもしれないですが、 何も言われずレギュラーから外され、衝撃を受けたと同時に、自分自身気が付きました。
天狗になってはダメ!どんなときでも謙虚に努力することを学びました。
高校時代、当時、進学校で文武両道がモットー、姉も兄も通学していた学校に入学しました。40分の電車通学という、都会では珍しくない事ですが、最初は慣れるのに苦労しました。高校時代は学校と塾、自宅の往復がほとんどで、もう少し青春を謳歌しておけば良かったなと思います(笑)

大学時代のこと

大学4年生の時、団体戦優勝。晴れて大学に入学し東京で一人暮らしをする事になりました。
高校時代は学校、塾、自宅の往復のみ。学校帰りにどこかに寄ったり遊んだりする事が全くなかった私は大学に行ったら青春を謳歌したい!って 思っていました。東京だし色々遊ぶとこがあるんだろうなって思っていました。
大学1年生の時、先輩方の色々な部活紹介があった後、元々サッカー部なのに、なぜか一番初めに勧誘され見学に行ったのがバドミントン部でした。
それが僕の大学時代を大きく左右するとは夢にも思わなかったのです。僕の居場所は新宿、渋谷、恵比寿、お台場…そんな所ではなく毎日のように大学の体育館で練習、筋トレ、練習そんな感じ、バドミントンにはまったのです。 ただ、大学6年間の中で、ずっと同じモチベーションでやってきたわけではなく、時に辞めたいと思い悩む事もただありました。
そんな時でも、バドミントン部の先輩方の指導や雰囲気、環境のおかげで僕は6年間続ける事が出来ました。
大学の部活という小さい組織の中で、年齢の近い先輩、後輩から年の離れたOBの先生方と接することで、社会に出る前の大事な事を学んだと思います。
そのバドミントン部に所属していたおかげで、大切な人との出会いもありました。
歯学部の専門課程は過密なスケジュールで、毎回講義の時には出欠席をとり、実習ではレポートの山、サボるなんてもっての他。私は親に高い授業料と生活費を出してもらっていることが常に頭にあったので、自分のためにも熱心に取り組んでいました。
1番にはなれなかったのですが、 大学6年間の成績は常に上位でした。私の大学時代は大きく分けて勉強とバドミントン部でした。

研修医時代のこと

無事に歯科医師国家試験に合格した私は、大きな希望を抱き研修医となりました。
研修医先は募集人数も少なく高倍率でもあった神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニックに無事内定しました。
尊敬した口腔外科の先生と一緒に。
本当はそこに行きたい理由がちゃんとあったのですが…(笑)
この病院は自分の母校とは違うのですが、研修医育成に力を入れていて、各大学の優秀な方達が集まるという事を聞いていて研修医を希望しました。
研修医時代は4月から過密なスケジュールが組まれていて忙しい中にも充実した生活を送っていました。 私はそこで指導医から大切な事を学びました。
当たり前の事ですが、むし歯や歯周病はそうなってしまった原因が必ずあります。ですが、多くの先生は出来てしまった虫歯に対して治療するだけ。
悪く言うと単純な流れ作業で削って詰めて、被せる、だけなのです。
何で悪くなったのか?
どうしたら同じ事を繰り返さずに済むのか。
という原因をしっかり考え患者さんに伝えるという事をしていない先生が多いのです。
皆さんも歯医者さんに行って治療を受ける際に、治療材料の説明、例えば詰め物やかぶせもの材料、金属にするか、 見た目が気になるから白い被せもの、セラミックにするか、そんな会話は良くあると思います。
でも、じゃあどうしたら今後、
歯を削らなくて済むのか?
また歯を抜かなくて済むのか?
痛い思いをせずに済むのか?
そんな説明をちゃんと受けていますか?
日本の歯科医療は悪くなったら削って詰めて、被せて、また悪くなったら、神経を取って…そんな治療の繰り返しが多いのが現状なのです。
私はしっかり説明するというのは当たり前ですが、患者さんに二度と歯を削ることのないように、抜く事のないように、 どうしたら良いのかを本気で伝えるようにしています。
その事を歯科医師になったばかりの一番大事な時期に学ぶ事ができ本当に良かったと思います。
私をさらに成長させてくれたもう二人の口腔外科専門の先生と出会いました。その二人の先生の患者さんへの対応、説明の仕方、そして知識、技術に憧れました。これからの時代、高齢化に伴い歯科治療一つとっても、色々な薬を飲まれている方、高血圧、糖尿病などの内科的疾患などの加療をされている方は沢山いらっしゃると思います。そういう方々にも安心して治療を受けて頂きたい。
たインプラントや親知らずの抜歯、外科処置がうまくなりたいと思いました。そして二人の先生に近づきたいという思いから口腔外科を専攻しようと思いました。そして他科との関わりも多く全身管理も学べる医学部がある千葉大学に研修医を終えた私は受験する事を決めました。

千葉大学医学部附属病院時代のこと

千葉大学にも無事に合格し私は歯科・顎・口腔外科に所属しました。
虫歯や歯周病などの一般歯科治療もするのですが、基本的には一般の歯科医院では困難な症例や、内科的、全身的な疾患を持っている方の治療、外科的な処置(わかりやすいのが親知らずの抜歯など)、口腔癌などの診療をするところです。
千葉大では入局した初めの頃は病棟の仕事が多く、入院患者さんの毎朝の採血から始まり、学生時代や研修医の時には見慣れていない血液データを読んだり、CTやMRIの読影、他科の先生とのやり取りなど、普通の歯科医院ではやらないような事を沢山経験させてもらいました。
もちろん当直もあり、仮眠もとれない時もあったり、とにかく肉体的にも精神的にもハードな生活でした。
千葉大では全身的管理はもちろん、外科的な技術も学ばさせてもらいました。千葉大では来院される患者さんの多数が一般開業医からの紹介でした。
紹介内容は親知らずの抜歯、顎関節症、口腔癌などが多く、また治療トラブルや一般開業医では治療したけども治癒しなく、色々な歯科医院を巡って最終的に千葉大に紹介された患者さんなどです。私はこの千葉大では自分の身の丈を知ると言う事を学びました。
自分自身の医療技術を過信してはいけない。
自分で治せる症例、自分の技量を超えている症例、大学病院のような大きな病院でしか対応出来な症例、その判断は一番大事です。
私はしっかり判断して患者さんにきちんと伝えるようにしています。もう一つ大事なのは、患者さんの訴えを良く聞くと言う事です。患者さんは自分の言いたい事を中々言えていませんし、聞きたい事も聞けていない環境が多いのです。伝えてるつもり、伝わってるつもりで治療をしトラブルになり大学病院に紹介される、という事が中にはありました。このような事を学べた事は将来私が開業医を目指していた上で本当に良かったと思います。

勤務医時代

休日は治療技術向上のためセミナー参加広島に帰り開業医での勤務医が始まりました。
開業医ではとにかく大学病院のように一日に数人だけ診ていては経営が成り立ちません。
一人の患者さんに1時間以上も時間をかける事はほとんどありません。
最初の頃は歯科医師としてゆっくり治療技術を一生懸命学びたかったのですが、毎日毎日言い方が悪くなりますが、ただの流れ作業のように患者さんをこなしていくことだけで精一杯でした。痛みがある患者さんにはもっと親身に時間をかけて話を聞いてあげたい。
でも待合室を覗くと患者さんがたくさん座っているのです。待ち時間も増えていくばかり、
「早く話聞かなきゃ」「早く終わらせなきゃ」「スタッフも待合室で待ってる患者さんもみんなイライラ してるし」そんな事ばかり考えて治療していました。ただそんな中でも勉強熱心な院長先生の指導の元、 治療技術、スピードは上達していき、短い時間の中でも、出来る限り話を聞き、説明する。
そして的確な治療をする訓練にはなりました。出来ればもっと患者さんの話をしっかり聞いてあげたい、わかりやすく説明してあげたい、その患者さんのためになる事を伝えたい…でも現実は自分の思うようには 出来ず「理想と現実は違うんだなぁ」と早々に感じていました。

開業を決意した時

今から1年半前、物件探し私が開業を決意した理由は、大学を卒業したくさんの経験をさせてもらってきました。その場面、場面で感じた事、理想と現実の葛藤の中で、自分の思いの詰まった理想の医院にしたいという思いが日に日に強くなり開業を決意しました。

はこういう医院は嫌だ、こういう院長、スタッフは嫌だというのを挙げてみました。
以下のような医院にはしたくない!!
そう考えながら医院の設計、医院の理念、医院のこだわりを作っていきました。

物件も決まり、地鎮祭です。

  • ① 医院の雰囲気がまさに歯医者って感じで暗くて入りにくいクリニックにはしたくない。
  • ② 歯医者独特な嫌な匂いがするクリニックにはしたくない。
  • ③ 院長、スタッフの笑顔がなく暗い。あいさつもしないクリニックにはしたくない。
  • ④ スタッフ同士が足を引っ張るクリニックにはしたくない。
  • ⑤ 嫌なスタッフが幅をきかせるクリニックにはしたくない。
  • ⑥ 自己成長のために努力しない院長、スタッフにはなりたくない。
  • ⑦ 受付時間が過ぎ、嫌な顔で対応するクリニックにはしたくない。
  • ⑧ 知人、業者からの電話に治療中でも対応する院長にはなりたくない。
  • ⑨ スタッフにあたる院長にはなりたくない。
  • ⑩ 忙しくなると、イライラし始める院長、スタッフは嫌だ。
  • ⑪ 説明もなく治療するクリニックにはしたくない。
  • ⑫ 患者さんに治療選択を与えない説明は嫌だ。
  • ⑬ 患者さんのプライバシーを考えないクリニックにはしたくない。
  • ⑭ 患者さんが聞きたい事を聞けない環境にはしたくない。
  • ⑮ 最新の医療設備、医療技術に目を向けないクリニックにはしたくない。
  • ⑯ 清潔も不潔も区別しない、感染対策をしないクリニックにはしたくない。

挙げると切りがないかもしれないですが、私は時間がかかっても、理想の医院に少しでも近づけれるようにスタッフと共に努力していきたいと思っております。少しでも共感を持って頂き、はやし歯科クリニックに行ってみようかなって思って頂けたら幸いです。皆様に早くお会い出来る事を楽しみにしています。
長い自己紹介になりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。

はやし歯科クリニック
院長 林順二